マコさんを偲んでいると・・・

マコさんを偲ぼうと映画『沈黙』と『梟の城』を見ました。
二本続けて観るのはちょっと無謀でした。。。
おまけに『梟の城』のほうはスペシャル・ディスクまで観てしまって。。。懐かしい半面、どっと疲れが。。。 

とは言え、そのスペシャル・ディスク。
懐かしい篠田さんの演出風景などが見れてとても満足♪
そして『梟の城』の京都撮影所のセットにあの宮川一夫さんをご招待した時の映像が。。。
多分、亡くなられた年かその前の年の映像。
宮川さんは車椅子に乗ってらっしゃいました。
実際撮影しているところをカメラで覗く宮川さん。
うっすらと目に涙を浮かべ愛おしそうにカメラをさする姿は何とも言えません。
そうだ。。。映画『沈黙』で宮川さんと篠田さんのコンビも誕生したのだ。
マコさん、宮川さん・・・そして篠田さんが出会った大切な作品。
篠田さんの映画の同士もどんどん鬼籍に。

マコさんのおかげでいろんな思い出が甦った一日でした。

Miyagawaphoto

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マコさんが…

米映画界で活躍し、ハリウッドを代表する日系人俳優、マコ・イワマツ(本名・岩松信=いわまつ・まこと)さんが、現地時間の21日、食道がんのため米ロサンゼルス市内の自宅で死去した。72歳。神戸市出身。
マコさんは末期がんで、この2週間は自宅で在宅ケアを受けていた。最期は妻のスージーさんが見守る中、静かに息を引き取った。既に荼毘にふされ、本人の希望で葬儀は行わないという。(ZAKZAK)

突然の訃報で、驚いています。
マコさんは米映画界での日系人俳優としての先駆者。
渡辺謙さんのはるか前、1966年にスティーブ・マックイーンと共演した『砲艦サンパブロ』でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされたのです。
また、舞台でも活躍され1976年の主演舞台「太平洋序曲」では名誉あるトニー賞にノミネートされたこともあるそうです。

でも何と言ってもマコさんと言えば篠田さん。
映画『沈黙』は篠田さんとマコさんが共同出資して作った映画。
マコさんが出資金を集められず一度頓挫したもののその後完成させたのです。
それだけに絆が深かったのでしょうか。。。
28年後、映画『梟の城』に出演してくださいました。

映画『沈黙』では何度も何度もパードレや仲間を裏切っては許しを乞う信者キチジロー。
情けないやつ・・・と思いつつ、つい感情移入してしまいます。
上手いです!腹が立つほど・・・。

映画『梟の城』では豊臣秀吉。
本当の秀吉はこんな人だったんじゃないかと思えるほどピッタリ役にはまってました。

何と言ってもあの眼光鋭い目がいいんですよね~。

篠田さん、ガックリきてるだろうな~。
72歳なんてまだ若いですもん。
慌てて映画『梟の城』のDVDに入ってるスペシャル・ディスクのマコさんのインタビューを見てみた。
6,7年前のマコさん。。。とってもお若い。

う~ん・・・でも。。。
お疲れさまでした。
ご冥福をお祈りします。

20060725002522

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今平さんまで…

何だ!何だ!何だ!
夕食の支度をしていたら今村昌平監督死去の速報が・・・。
何だか最近訃報ばかり。。。哀しい。
高廣さん…そして昨日も米原万理さんと岡田眞澄さんの訃報を耳にしたばかりなのに。

今村監督と言えばカンヌ映画祭で『楢山節考』と『うなぎ』で最高賞パルムドールを受賞。
パルムドールを二度受賞したのは日本人監督では今村監督ただ一人。
折りしも今年のカンヌ映画祭が終了したばかりです。

私は今村監督作品はあまり拝見してないかな~。
パッと思い出すのは『赤い殺意』『復讐するは我にあり』そして『楢山節考』…かな。
あと嘉葎雄さんが出演された『赤い橋の下のぬるい水』。
どの作品も粘り強いというかねちっこい…そしてエネルギッシュ。
そんな感じだった。

今村監督は撮影所が崩壊し始めた頃から後進の指導にも力をいれ、横浜放送映画専門学院(のちの日本映画学校)を設立されました。

あと思い出すのは北村和夫さんとの小学校からの長~い長~い友情。
その後大学になってからは小沢昭一さん、加藤武さんなども加わって。
いつも楽しいお話を聞かせていただきました。

嗚呼、また一人日本を代表する映画人がいなくなってしまった。。。寂しい。
享年79歳。早すぎるよ。。。ご冥福をお祈りいたします。

| | コメント (2) | トラックバック (3)

大好きな役者さん 田村高廣さんの急逝

いまだに信じられない思いでいっぱいです。。。

18日朝、NHKのニュースを見ていた母からその訃報は知らされました。

最近お見かけすると少し痩せられたかな…とは思っていましたが。。。

まさかこんなに早くお別れすることになるなんて…。

高廣さんご本人の“葬儀後に死亡を公表してほしい”とのご遺志でその時点ではまったく何もわからず仕舞い。。。

結局その日、親族やごくごく身近な人のみで行われた葬儀の後長男の潔さんの会見でようやく詳細がわかりました。

潔さんによると、田村さんは1月の新年会で倒れ、検査を受けたが、その際は異常は見つからなかった。その後は、4月半ばまで映画「プルコギ」の撮影に参加。2週間前には、潔さんとビール瓶10本を飲み明かしたほど元気だった。
体調不良を訴えたのは13日夜。同居していた長女恵さん(48)に「気分が悪い」と訴え、床に就いた。翌14日朝に恵さんが寝室をみると、田村さんが苦しんでいた。すぐに救急車を呼んだが、途中で意識を失くし、そのまま帰らぬ人になった。(日刊スポーツ)

重度の脳梗塞で16日午前019分に都内の病院で亡くなられました。享年77歳。

戒名は「慈照院俊岳廣道居士(じしょういんしゅんがくこうどうこじ)」。

本意でなかった役者業をまっとうした父親を思い息子さんが考えた戒名だそうです。

高廣さんの思い出はたくさんあります。。。いやありすぎます。。。
そもそも篠田さん、嘉葎雄さん、高廣さんはほぼ同時期にファンになりました。
今から25年ほど前のことです。
どの作品を拝見してファンになったのか定かではありませんが。。。初めは亮さんのファンだったような気がします。

高廣さんを初めて意識した作品。。。それはやっぱり『天平の甍』だったでしょうか。。。
高廣さんは鑑真和上役で“本物の和上はこんな方だったのではないか”と思わせるほど瞑想されているそのお姿から徳と気品が漂い神々しさが感じられました。
主演は嘉葎雄さん・・・この作品は私にとって思い出深い大切な作品です。
先日、カルチャーセンターで井上靖さんの日に久々に拝見したばかりでした。

そのほかに好きな役。。。
『泥の河』の食堂のおっちゃん。
何ともいえない存在感、子供を優しく見つめる眼差し。。。映画がしまります。流石です。

109075710330753






それから勝新太郎さんとコンビを組まれた『兵隊やくざ』のインテリ上等兵。
この映画で新境地を開かれましたよね。

そのほかに珍しいとこで『日本侠客伝』の侠客の鶴松役も好きだったな~。

テレビドラマでは本来なら映画で演ずるはずだった「二百三高地」の乃木希典役、「いつもお陽さま家族」の型破りで豪快なパパ竹腰貞三役、真野・小野寺版「御宿かわせみ」の沈着冷静で慈悲深い与力神林通之進役、バンツマさんそっくりな「助け人走る」の中山文十郎役など挙げだしたらキリがありません。
そして忘れちゃならんのが「京都ぽんと町殺人なべ料理」の板さん役(この物語をわかってくれる人に出会えてほんと幸せ…ねっ、のろちゃん♪)

ちょうど一年ほど前の朝ドラ「ファイト!」では主人公の女の子を励ますためにバンツマよろしく太鼓の乱れ打ちをされていました。
いいです(*^_^*)すごくよかった♪
NHKも粋なことをやるもんだわ。。。と喜んでおりました。
私もね11年前に一度だけ福岡に巡業にいらした高廣さんの「無法松の一生」を拝見させていただきましたよ。
その時の太鼓の乱れ打ちを思い出しました。

本来なら商社マンになられていたはずがお父様の急逝で映画界へ。
これ以上ないほどの大きな壁バンツマさんに押しつぶされそうになりながら…そして闘いながら自分らしさを築くのは並大抵な努力と忍耐力ではなかったかと思います。
ご兄弟のなかで雰囲気といいお声といいしゃべり方といい一番バンツマさんに似ていらしたので尚更です。
ほんとに“凄い!”の一言です。

大ベテランなのに役に取り組む真摯なそのお姿は周りの若い役者のお手本になり、高廣さんが出演されると作品が物凄く締まります。
どなたかがおっしゃっていましたが高廣さんを拝見していますと控えめな存在感を感じます。

まだまだ語りつくせません。。。
正和さんじゃないけど“二尊院に入るのはまだ早すぎますよ!”
もっともっと新しい役が見たかったよ~。
29日にNHK-BS2の衛星映画劇場で高廣さんの追悼映画『泥の河』が放映されます。
冒頭3分ほど“田村高廣さんをしのんで”を放送するそうです。

ただただ高廣さんのご冥福をお祈りするのみです。合掌。

| | コメント (4) | トラックバック (3)

黒木和雄監督逝く…

黒木和雄監督が脳こうそくのため亡くなりました。

かなりのショックです・・・

黒木監督には3年前、第20回の古湯映画祭でお目にかかりました。
第20回の古湯映画祭は区切りということでかなりの監督さんたちがパーティーにいらしていました。
我が篠田監督もそのお一人ですし黒木監督も然りです。
古湯映画祭のパーティーはほんとに身近にゲストの方々と接することが出来、いろいろ意見交換が出来たりするのです。
黒木監督ともお話は出来ませんでしたがサインだけはいただきました。
そしてパーティーのあくる日、会場の近くのうまいと評判の瓦そばのお店でも偶然お会いしました。
監督はいつもトレードマークの黒い帽子をかぶってらっしゃいました。

黒木監督には数多くの代表作がありますが、私が一番印象に残っている作品と言ったら1988年に公開された『TOMORROW/明日』です。
長崎の原爆投下一日前を描いた作品で戦時下の中でも精一杯生きてささやかな喜びに幸せを感じている人々(それは結婚であったり出産であったり・・・)が明日、身に起こる悲劇を知らずに・・・。
観ている私たちはその悲劇を知ってる訳で・・・それゆえにそのささやかな幸せをかみしめている人々を見るだけで胸が締め付けられ、ある意味原爆投下後を見るより静かに重く私の心に圧し掛かってきました。
この作品で監督の穏やかだけど熱い反戦のメッセージがすごく伝わりました。
この『TOMORROW/明日』とキネマ旬報ベスト1はじめ数々の賞を受賞された『美しい夏キリシマ』そして『父と暮らせば』が“戦争レクイエム3部作”と言うそうです。

これだけ黒木監督が反戦映画にこだわられるのは学生時代のご自分の体験がおありにあるからなのです。
そのお辛い経験は『美しい夏キリシマ』で描かれていますし、映画祭のシンポジウムでもお話しされていました。
また昨年には西日本新聞紙上の「シネマ独歩行」のなかでもお話しされていました。
その時のお話しは私のブログでも紹介したのでもしよかったらご覧ください。

また一人、戦争を語れる監督がいなくなってしまいました・・・。
75歳、まだ早すぎますよ!
8月に公開予定の最新作『紙屋悦子の青春』を完成させたばかりだったそうで・・・お疲れだったんでしょう。
ご冥福をお祈り致します。

続きを読む "黒木和雄監督逝く…"

| | コメント (6) | トラックバック (2)

「ロンリー・ハート」

1960~70年代に一世を風靡した、グループサウンズ「ザ・カーナビーツ」「ザ・ゴールデン・カップス」や「クリエーション」などのバンドでドラマー兼ボーカルとして活躍したアイ高野さんが1日に急性心不全のため死去していたことが3日、分かった。55歳だった。高野さんは先月21日に体調の不良を訴え入院。一度は持ち直したものの容体が急変し、帰らぬ人となった。(サンスポ)

アイ高野さんの急死、ビックリしました。

先日も松本竜助さんが亡くなったばかりで・・・。
本当に最近は若い人の死や突然死が多くて辛い。
久世光彦さんや宮川泰さんはある程度年齢はいっているものの急死というのはやはり驚く。
ましてや松本竜助さんや今度のアイ高野さんのように働き盛りの死はせつな過ぎる。

アイ高野さんといえばやはりグループサウンズでの活躍が有名だけど私にとってはクリエーションのアイ高野さん。
クリエーションといえば80年代にTV放映された藤竜也さんと草刈正雄さんがコンビを組んだ探偵もののドラマ「プロハンター」の主題歌「ロンリー・ハート」を歌ってました。
クリエーションの曲はこの一曲しか知らないけれどアイ高野さんの高音と共にいまだに忘れられない一曲です。
ご冥福をお祈りします。

ロンリー・ハート+2 Music ロンリー・ハート+2

アーティスト:クリエーション
販売元:東芝EMI
発売日:1997/11/19
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0) | トラックバック (0)

伊福部昭さんの訃報

またやってしまったのだ・・・(T_T)

文章が全部消えてしまった。。。

最近すぐパソコンが不具合を起こすの・・・。

だいぶ日記書いてたのにな~凹んでしまう。。。

「ゴジラ」などの映画音楽、北海道の原野を思わせる雄大な民族色豊かな交響的作品などによって幅広い人気を持つ作曲家、伊福部昭(いふくべ・あきら)さんが8日、東京都目黒区内の病院で死去した。91歳。(毎日新聞)

今、西村先生の「黒澤明と早坂文雄 風のように侍は―」(筑摩書房)を読んでいて昨夜ちょうど“生涯の友と出会う日”という件を読んだばかり。

この本は黒澤さんと早坂さんのことを交互に書いていて“生涯の友と出会う日”は早坂さんの項。そして生涯の友とは伊福部昭さんのことなのです。

日本を代表する二人の作曲家・・・日本映画音楽の礎となった二人の作曲家が北海道という土地で青春時代を一緒に育んでいたなんてすごいことですよね。

でも私が伊福部さんを知ったのはゲルニカというグループを知ってからでした。

もちろん『ゴジラ』の音楽など自然と耳にした曲はありますがそれが伊福部さんの作曲とは知りませんでした。

ゲルニカとはヴォーカル担当の個性派女優の戸川純さん、作曲担当の上野耕路さん、作詞・美術担当の太田螢一さんで組まれていた音楽ユニットです。

当時YMOのファンだった私は\EN友会というファンクラブに入っておりました。

その\EN友会の会報にははYMOだけでなく立花ハジメ、サンディー&サンセッツなど\ENレーベルに所属するアーチストの情報がはいってました。そしてゲルニカ\ENレーベルに所属していたのです。

このゲルニカの上野耕路さんが伊福部さんに指示を仰いでいたので伊福部さんのお名前を知ったわけなのです。

伊福部さん享年91歳。早坂さん享年41歳。半世紀の時を超え今、久々に楽しく語り合っていらっしゃるでしょうか。。。

伊福部さんのご冥福をお祈り致します。

| | コメント (6) | トラックバック (4)